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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)153号 判決

アメリカ合衆国

10022 ニューヨーク ニューヨークマディソン アヴェニュー 550

原告

アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニー

代表者

クリストファー サイモン サーク バックレイ

訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

指定代理人

稲葉慶和

奥村寿一

涌井幸一

主文

特許庁が、昭和59年審判第9209号事件について、平成元年12月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

ウエスターン エレクトリック カムパニー インコーポーレーテッドは、1978年12月7日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年12月7日、名称を「多周波信号検出装置」とする発明につき特許出願をした(昭和54年特許願第158204号)が、昭和58年12月26日に拒絶査定を受けたので、昭和59年5月14日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は同請求を、同年審判第9209号事件として審理したうえ、平成元年12月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成2年3月22日、同社に送達された。

原告は、1989年12月31日、同社(当時の名称「エーティーアンドティー テクノロジーズ インコーポーレーテッド」)を吸収合併し、平成2年10月25日、この旨を特許庁長官に届け出た。

2  本願発明の要旨

本願明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭53-5511号公報(以下「引用例」といい、これに記載された発明を「引用例発明」という。)及び周知技術(例えば、特公昭43-2887号公報)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断し、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定及びその「所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する」の意味を「比較器の出力をサンプルした信号が、所定の期間存在するかどうかを検出する」と解した点は、認める。

引用例の記載内容の認定(審決書3頁14行~5頁20行)のうち、引用例発明の「フーリエ変換回路(66-71)」、「比較器(74-80)」が、それぞれ、本願発明の「複数個のフイルタ」、「複数個の比較器」に一致するとの認定に係わる部分(審決3頁19行~4頁4行、4頁10~14行、5頁2~7行)を否認し、その余は認める。

本願発明と引用例発明との対比及びその判断(同6頁1行~7頁19行)については、相違点(ロ)についての認定判断は認め、その余は否認する。

審決は、引用例発明の「フーリエ変換回路」(符号66~71で示されているもの、以下同じ。)、「比較器」(符号74~80で示されているもの、以下同じ。)が、それぞれ、本願発明の「複数個のフイルタ」、「複数個の比較器」に一致すると誤って認定し(取消事由1、2)、本願発明の「評価する手段」を引用例発明の判定手段と誤って対応させて、その判断を誤り(取消事由3)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1

審決は、引用例発明の「フーリエ変換回路」が、本願発明の「個々の多周波トーンを通過させる複数個のフイルタ」に一致するとしたが、誤りである。

引用例発明のフーリエ変換回路は、入力された多周波信号中から回路それぞれに固有の目的の周波数(700Hz、900Hz、1100Hz、1300Hz、1500Hz、1700Hz)成分を抽出して、その振幅強度(スペクトル)を表わすものであるから、振動する入力信号をそのまま通過させるのではなく、その入力信号の振動の振幅強度を表わす電圧値として出力するものであり、その出力は、振動する信号ではなく、一定の電圧レベルとして出力するものである。

一方、本願発明のフイルタは、本願発明の要旨に、「個々の多周波トーンを通過させる」、「各フイルタからの振動する出力信号」と示されているとおり、交流信号である多周波入力トーン信号をそのまま振動する出力信号として通過・出力させているのである(甲第2号証、本願明細書図面第3図、第4図)。

被告は、本願発明の「振動する出力信号」とは、トーンの入来消失に伴う振動(例えば、0V→15V→0V)や雑音、レベル変動に伴う振動と解釈されうるとしているが、本願発明の要旨にも、本願明細書の発明の詳細な説明にも、何らトーンの入来消失や雑音などに伴う振動を予定して動作するように示されていない。

したがって、一般論として、審決のいうとおりフーリエ変換回路がフイルタの機能を有することを認めるにしても、本願発明のフイルタと引用例のフーリエ変換回路とはその出力信号が異なるものであるから、両者を対応づけることは妥当とはいえず、この相違点を看過して、両者が一致するとした審決の認定は、誤りである。

2  取消事由2

審決は、引用例発明の「比較器」が、本願発明の「各フイルタからの振動する出力信号を受信すべく接続され、参照スレシヨルド・レベルを超える個々の多周波トーンを表わすパルス信号出力を生ずる複数個の比較器」に一致するとしたが、誤りである。

引用例発明と本願発明の各比較器それ自体の構成についての相違はないが、その入出力する信号は異なる。

すなわち、引用例発明の比較器は、フーリエ変換回路からの振動していない出力に接続されているのであるから、本願発明の比較器のように、「振動する出力信号を受信すべく接続され」たものではないし、また、振動する出力信号を受信していないのであるから、その出力も、「参照スレショルド・レベルを超える個々の多周波トーンを表わすパルス信号出力を生ずる」ものではない。単に、参照スレショルド・レベルを超えていることを示す一定の電圧値(例えば、5V)又は、超えていないことを示す他の一定の電圧値(例えば、0V)を、二つの状態のうちの一つとして出力するものである。

したがって、両者を一致するとした審決の認定は、誤りである。

3  取消事由3

審決が、引用例発明においても当然に設けられているとした「対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定する」手段は、本願発明の「対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定するために所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する手段」とは、機能的に対応しない。

多周波トーン信号は、複数の異なる周波数の組み合わせで数字情報を伝えるものである(6者択2方式の場合は、6個の異なる周波数のうち、例えば、700Hzと1100Hzの交流信号があると数字の2と判定されるが、700Hzの信号しかない場合は有効な多周波トーン信号とはされない。)から、この情報を判別するためには、個々の交流信号自体が有効レベルに達しているか否かの判定(以下「物理的判定」という。)と、物理的判定がなされた後に行われる所望の組み合わせの有無に関する判定(以下「論理的判定」という。)とが必要である。

本願発明は、その要旨に示されるとおり、物理的判定手段のみを対象としているのに対し、審決が引用例に当然に設けられているとした判定手段は、論理的判定手段のみを指すものである。

すなわち、本願発明は、入力多周波トーン信号をフイルタで周波数についての選択をするが、その出力は振動する交流信号であり、物理的判定に当たって、第1段階として、振動する信号をそのまま所定の閾値と比較器で比較して選別を行い、比較器よりパルス信号を候補信号として出力し、次に第2段階として、「対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定するために所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する手段」(以下「評価する手段」という。)を設けるものである。

この評価する手段は、本願明細書に記載されているように、比較器出力のパルス信号について、「対応するトーン信号期間の15%のパルス幅を有する信号によつて、正しい入来トーン信号を定義し、一方望ましくないトーン信号を除去する」(甲第2号証明細書23頁9~12行)ことにより、候補信号のパルス存在期間を評価して、最終的な物理的判定をしているのであって、これにより、受信感度を低下させることなく正しい多周波トーン信号を検出できるようにしたのである(同23頁12~14行)。本願発明においても、物理的判定手段の後に論理的判定手段が付加され、本願明細書記載の実施例の分岐点721がこれに該当するが、この論理的判定手段は、本願発明の要旨とはされていない。

これに対し、引用例発明の比較器の出力は、6個の出力端子(83~88)に現れるが、その出力は、線形結合計算回路(73)で修正された入力多周波信号の振幅レベルを閾値計算回路(82)からの閾値によって、有効・無効の物理的判定をした結果を示すものである。したがって、この出力端子の後に付加されるものは、比較器で行われた物理的判定結果に関し、更に「6周波のうち2周波が送られて来ている」かどうかの論理的判定を行う手段以外には考えられず、この論理的判定手段が引用例発明の「判定する手段」といわなくてはならない。

このように、引用例発明の「判定する手段」は、本願発明の「評価する手段」に対応せず、これを対応させた審決の認定は誤りである。

したがって、また、引用例発明の比較器出力に、審決の挙げる特公昭43-2887号公報に示されているようなパルス幅を調べる周知の回路を付加したとしても、入力多周波トーン信号の振幅レベルの有効・無効性を、それで判定するということにはならない。

けだし、入力多周波トーン信号の振幅レベルの有効・無効性を比較器出力のパルス幅で更に判定することができるのは、本願発明のように、比較器に振動する信号が入力され、比較器出力に振動する信号の振幅に関係したパルス幅を有するパルス信号が作られるという第1段階の判定があるからであり、このような第1段階の判定手段を含まない引用例発明においては、その比較器の出力にパルス幅を判定する上記周知の回路を付加しても、本願発明の第2段階の判定を行うことにはならないからである。

審決は、結局、本願発明の内容の認定を誤り引用例と対比したため、本願発明の特徴である第1段階の判定と密接不可分に結びついた第2段階の判定という二段階による物理的判定の技術的意味を看過し、その結果、これに基づく作用効果の顕著性の判断をしないまま、誤った判断をしたものである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

フイルタとフーリエ変換回路とは、特定の周波数選択性を持つ回路である点で、また、出力信号(振動)の振幅が多周波信号の振幅を表わす点で、異なるところはない。

引用例発明のフーリエ変換回路が、目的の周波数成分を抽出して、その振幅強度(スペクトル)を表わすものであるから、振動する入力信号をそのまま通過させるのではなく、その入力信号の振動の振幅強度を表わす電圧値として出力するものであることは、原告主張のとおりであるが、本願の特許請求の範囲第1項には、フイルタの出力周波数を特定する記載はなく、原告の主張は、本願発明の要旨と無関係な主張である。

仮に、両者の各出力振動の周波数の相違を問題とするとしても、引用例発明のフーリエ変換回路は、コンピュータを用いてフイルタの機能(周波数選択の機能)を実現したものであって、所定の周期ごとに特定周波数の信号を選んでその振幅を演算し、演算した値を次の周期まで保持するものである。信号の入来消失や振幅変動があれば、ある周期の演算結果と次の周期の演算結果とは異なり、フーリエ変換回路の出力は変化すなわち振動する。したがって、引用例発明のフーリエ変換回路の出力は、原告主張のような「一定の電圧レベルのもの」ではなく、トーンの入来消失に伴う振動(例えば、0V→15V→0V)や、雑音又はレベル変動に伴う振動を必ず含むものである。これらの振動を、本願発明の要旨にいう「振動する出力信号」と区別する理由はない。

また、フイルタの出力振動の周波数の値は、後続する信号処理(トーンの有無の物理的判定、6者択2方式の論理判定)のために全く不必要なデータにすぎず、そのような不必要なデータを本願発明の要件という必要はない。フイルタ及びフーリエ変換回路の出力信号としては大きさ(振幅)こそが後続する信号処理に必要なデータのすべてであり、その振幅データについて同一である以上、本願発明のフイルタと引用例発明のフーリエ変換回路とは実質的に同一であるといわなければならない。

なお、出力周波数が受信したトーンの周波数と同一であるようなフイルタを用いる多周波信号の検出装置自体はよく知られている(甲第6号証、特開昭52-152104号公報)。

2  同2について

引用例発明と本願発明の比較器それ自体の構成に相違がないことは原告も認めるところであるが、その入力及び出力にも差異はない。

上記のとおり、引用例発明のフーリエ変換回路の出力は振動信号であり、そのような振動信号を受信するのであるから、引用例発明の比較器も「振動する出力信号を受信すべく接続され」ている。したがって、本願発明における比較器と入力においての差異はない。

本願発明は、「パルス」の具体的な周波数や波形を要旨としていない。一方、引用例発明の比較器の出力には、多周波信号の入来消失を表わすパルス(例えば、0V→15V→0V)や、多周波信号が大きな雑音やレベル変動を伴ったときに生ずるパルス信号が含まれる。これらは、本願発明における比較器の出力である「参照スレシヨルド・レベルを超える個々の多周波トーンを表わすパルス信号出力」に外ならない。

したがって、原告主張の取消事由2も理由がない。

3  同3について

原告は、審決が本願発明の物理的判定と引用例発明の論理的判定を対応させたものと主張するが、審決はこのような対応づけをしていない。

引用例には、本願発明の評価する手段に対応する手段が特定して記載されていない。そこで、審決は、この点を本願発明と引用例発明との相違点(イ)として認定したうえ、パルスが存在したかどうかの物理的判定手段に関する周知例(特公昭43-2887号公報)を挙げ、この相違点は単なる周知技術の付加にすぎないとしたものである。

原告は、本願発明における物理的判定手段は、比較器による第1の判定手段と評価する手段による第2の判定手段の組合せによりなされることを強調するが、比較器を備える構成及びその動作について、本願発明と引用例発明とは何の差異もなく、引用例発明の比較器の後段に上記周知の物理的判定手段を付加すれば本願発明となるのであって、これを付加できないとする根拠はなく、また、付加したことによる特別の効果は何も生じない。周知例の技術もまた、信号振幅の変換点を検知し、パルス幅が持続する期間のサンプル数を計数するという2段階の符号判定をしているということができるものである。

したがって、原告主張の取消事由3も理由がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録を引用する。書証の成立(甲第2、第3号証については、原本の存在と成立)は、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1、2について

本願発明の特許請求の範囲第1項の「個々の多周波トーンを通過させる複数個のフイルタと、各フイルタからの振動する出力信号を受信すべく接続され、参照スレシヨルド・レベルを超える個々の多周波トーンを表わすパルス信号出力を生ずる複数個の比較器と、」の記載から明らかなように、本願発明のフイルタは、入来した多周波トーン(多周波信号)を通過させるフイルタであり、その出力端子には入力信号と同じ振動周波数を持つ「振動する出力信号」が出力されるものであると認められる。また、その比較器は、上記特許請求の範囲第1項の記載及び甲第2、第3号証により認められる本願明細書において、「多周波検出器102は端子101から供給された受信信号に応動して、入来信号に応動して検出器102中で動的に発生したスレシヨルド・レベルを超える振幅を有するトーンを表わすパルス信号出力を発生する。個々のパルス信号出力のパルス幅は対応するトーン信号が動的に発生した参照スレシヨルド・レベルを超えたデユテイ・サイクルのパーセント値を表わす。」(甲第2号証明細書12頁)と説明されているところから明らかなように、フイルタからの振動する出力信号を受信すべく接続されており、この振動する信号を参照スレシヨルド・レベルと比較して、その差分により生ずる多周波トーンを表わすパルス信号を出力するものであると認められる。

一方、引用例発明のフーリエ変換回路が、目的の周波数成分を抽出して、その振幅強度(スペクトル)を表わすものであって、振動する入力信号をそのまま通過させるのではなく、その入力信号の振動の振幅強度を表わす電圧値として出力するものであることは、当事者間に争いがなく、また、引用例発明の比較器は、このような振幅強度を表わす電圧値としての出力を入力して、これを参照スレシヨルド・レベルと比較し、入力信号が閾値を超えていれば「出力あり」、超えていなければ「出力なし」というように、二つの状態のうちの一つを出力するものであると認められる。

被告は、引用例発明のフーリエ変換回路の出力は、原告主張のような「一定の電圧レベルのもの」ではなく、トーンの入来消失に伴う振動(例えば、0V→15V→0V)や、雑音又はレベル変動に伴う振動を必ず含むものであり、これらの振動を、本願発明の要旨にいう「振動する出力信号」と区別する理由はない旨主張する。しかし、「振動」とは、一般に、電気的又は機械的に一定時間ごとに繰り返して変化する運動又は状態を意味することは自明の事柄であって、本願発明のフイルタの出力が入力信号の周波数でもって一定時間ごとに繰り返して変化する信号であるのに対し、引用例発明のフーリエ変換回路が、雑音又はレベル変動に伴う信号に対応して出力することがあるにしても、この場合を含め、上記本来の意味での振動する信号を出力するものでないことは、被告もその主張の前提として否定するものでないと認められ、被告主張の理由によっては、本願発明のフイルタの出力と引用例発明のフーリエ変換回路の出力を同一ということはできず、ひいては、本願発明の比較器の入出力信号と引用例発明の比較器の入出力信号を同一ということはできないものといわなければならない。

被告は、また、フイルタの出力振動の周波数の値は、後続する信号処理(トーンの有無の物理的判定、6者択2方式の論理判定)のために全く不必要なデータにすぎず、そのような不必要なデータを本願発明の要件という必要はない旨主張する。しかし、前示のとおり、本願発明は、そのフイルタとして振動する信号を出力するフイルタを用いることを必須の構成とし、これに続く比較器は、このフイルタからの振動する出力信号を受信して、これを参照スレシヨルド・レベルと比較して、その差分により生ずる多周波トーンを表わすパルス信号を出力するものであり、これに続く評価する手段もまた、このパルス信号を前提にした手段として構成されていることが明らかである。したがって、この本願発明の要旨に示されている構成を離れて、フイルタの出力振動の周波数の値は後続する信号処理のために全く不必要なデータにすぎず、そのような不必要なデータを本願発明の要件という必要はないとする被告主張は採用できない。被告の主張は、機能的に異ならないことだけを理由に、本願発明のフイルタとその比較器が引用例発明のフーリエ変換回路とその比較器と実質的に同一であるということに帰するものであって、本願発明の構成を無視した主張といわなければならない。

もっとも、多周波信号検出装置の分野においては、多周波トーンの検出に際し、フイルタを用いて信号を濾波し、このフイルタを通過した出力信号を比較器において所定レベルと比較することによりトーンの検出を行うことが周知の技術であったことは、特開昭52-152104号公報(甲第6号証)及び本願明細書(甲第2、第3号証)の従来技術の説明から認められ、また、本願発明のフイルタは、本願明細書の「これらのフイルタは二つの倍直交能動RCフイルタを縦続接続して帯域通過フイルタを形成するような形式とすることが有利である。このような能動フイルタの一例は1975年11月11日のJ.J.フレンドの米国特許第3,919,658号に一般的に述べられている。」(甲第2号証明細書14頁14~20行)との記載から明らかなように、本願出願前に知られていたフイルタであって、本願発明がフイルタについて特徴を有するものとは認められず、その上、引用例発明と本願発明の各比較器が、その構成自体において相違しないことは、原告の自認するところである。これらの事実からすれば、本願発明は、このような周知技術を前提とし、比較器のための参照スレシヨルド・レベルの発生手段及び所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する手段の構成に特徴を有するものにすぎないということができる。

しかしながら、このような事実を前提としたとしても、本願発明のフイルタと引用例発明のフイルタとはすべての面において等価のものということはできず、本願出願当時、本願発明におけるようなフイルタを用いる多周波信号検出装置が引用例発明におけるようなフイルタを用いる多周波信号検出装置と併存できる意義は十分にあったと認められるのであり、そうである以上、本願発明の特許性を検討するに当たっては、本願発明の構成と引用例発明の構成の差異は差異として、これを相違点として認定したうえ、その容易推考性を判断すべきものといわなければならない。

しかるに、審決は、上記のとおり、本願発明のフイルタの出力と引用例発明のフーリエ変換回路の出力、ひいては、本願発明の比較器の入出力信号と引用例発明の比較器の入出力信号が異なるのにかかわらず、特段の理由を示すことなくこれを同一のものとしているのであって、この点において、本願発明と引用例発明との構成の差異を看過した瑕疵ないしは理由不備の瑕疵があるものといわなければならない。

そして、この瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、原告主張の取消事由2について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

2  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和59年審判第9209号

審決

アメリカ合衆国 10038 ニユーヨーク、ニユーヨーク、ブロードウエー 222

請求人 ウエスターン エレクトリツク カムバニー、インコーポレーテツド

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室

代理人弁理士 岡部正夫

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室

代理人弁理士 安井幸一

昭和54年特許願第158204号「多周波信号検出装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和55年8月6日出願公開、特開昭55-102961)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.本願は、昭和54年12月7日(優先権主張西暦1978年12月7日アメリカ合衆国)の出願であつて、その発明の要旨は、平成1年6月20日付け手続補正書によつて最終的に補正された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「個々の多周波トーンを通過させる複数個のフイルタと、各フイルタからの振動する出力信号を受信すべく接続され、参照スレシヨルド・レベルを超える個々の多周波トーンを表わすパルス信号出力を生ずる複数個の比較器と、入来信号に応動して、入来信号を構成するトーンの全てがその参照スレシヨルド・レベルに関与するように該入来信号の真の2乗平均根に依存し、かつ比例する値を持つ参照スレシヨルド・レベルを発生する手段と、対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定するために所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する手段とを含むことを特徴とする入来信号の多周波信号検出装置」

と認められる。

なお、特許請求の範囲の記載中、「所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する」の文意が必ずしも明瞭でないが、本願明細書中の「トーン信号は正しいトーンと考えられるためには、87個のサンプル中で少くとも16個のサンプルの間出力103および104の対応するものにパルス信号出力を生じなければならない。」(明細書第25頁第2-7行)の記載等を参照して、「比較器の出力をサンプルした信号が、所定の期間存在するかどうかを検出する」の意味と解する。

2.当審において昭和63年11月22日付けで通知した拒絶理由に引用した、本願の出願前頒布された刊行物であることが明らかな、特開昭53-5511号公報(引用例という)の、主として第2図及びその説明を参照すると、「デイジタル多周波受信器」すなわち多周波信号検出装置が記載されていることが認められる。そして、各「フーリエ変換回路」(66-71)は、「信号のうちの特定の周波数のパワーが計算される」(第(2)頁右下欄1-2行)回路すなわち多周波トーンを通過させるフイルタの機能を有すること、「全パワー計算回路」(72)及び「比較器の閾値を計算する回路」(82)は、「絶対値を求める回路」(58)や「積分器」(61)の働きにより入来信号の真の2乗平均値に依存しかつ比例する値を持つ参照スレシヨルド・レベルを発生する機能を有すること、「比較器」(74-80)は、各「フーリエ変換回路」すなわちフイルタからの信号が参照スレシヨルド・レベルを超えるときパルス出力を生ずるものであること、がそれぞれ認められる。また、図示されていないが、「チヤネル出力端子」(83-88)以右の部分には、「6周波のうち2周波が送られて来る」(第1頁右下欄第9-10行など)かどうかを判定する手段、すなわち対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定する手段が、当然設けられるものと認められる。以上を総合すれば、引用例には、次の発明が記載されているということができる。すなわち、「個々の多周波トーンを通過させる複数個のフイルタ(66~71)と、各フイルタからの振動する出力信号を受信すべく接続され、参照スレシヨルド・レベルを超える個々の多周波トーンを表わすパルス信号出力を生ずる複数個の比較器(74~80)と、入来信号に応動して、入来信号を構成するトーンの全てがその参照スレシヨルド・レベルに関与するように該入来信号の真の2乗平均根に依存し、かつ比例する値を持つ参照スレシヨルド・レベルを発生する手段(72、82)と、対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定する手段とを含むことを特徴とする入来信号の多周波信号検出装置」

以上の他、引用例には、フイルタ(66-71)と比較器(74-80)との間に「線形結合計算回路」(73)を介在させることが記載されているが、同回路は、「高調波成分および折り返し周波数成分の影響を除く」(第(3)頁左上欄第17行)改良のため付加された構成と認められる。

3.本願発明(前者)と引用例に記載された発明(後者)とを対比すると、前者と後者とは、

(イ)前者が「対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定する手段」を「所定のサンプリング期間中各々の比較器出力パルス信号が存在した期間を評価する手段」すなわち比較器の出力をサンプルした信号が、所定の期間存在するかどうかを検出するものに特定するのに対し、後者が「対応する多周波トーンを受信したかどうかを判定する手段」の細部を特定しない点、

(ロ)前者はフイルタの出力信号を比較器に供給し、「線形集合計算回路」を特定しない点、

で一応相違点が認められるものの、他に相違は認められない。

そこで、上記の各点について検討するに、(イ)の点は、単なる周知の事項(必要なら、例えば特公昭43-2887号公報参照)の付加にすぎず、また、(ロ)の点は、フイルタ特性の改良を期待するか、特性の改良を期待せず構成の簡単さを採るかの単なる選択の問題にすぎない(参考までに述べれば、「線形結合計算回路」を介在させない多周波検出装置は、きわめて普通の回路構成である。特開昭52-152104号公報参照)から、いずれの点も当業者が容易に予測することができたものにすぎない。

また、(イ)(ロ)の両点を総合的に対比しても、前者において当業者が容易に予測できないような目的効果を達成したというべき理由は見あたらない。

4.以上のとおり、前者すなわち本願発明は、後者すなわち引用例に記載された発明や当技術分野における周知の事項に基づいて当業者が容易になしえたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、本願は拒絶を免れない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成1年12月7日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人のため出訴期間として90日を附加する。

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